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あの日から40年

12月14日は国鉄から蒸気機関車が消えた日。北海道室蘭本線にて日本最後のSL牽引旅客列車をこのC57 135号機が室蘭から岩見沢まで牽引。今日はそれからちょうど40年になります。その機関車は秋葉原の交通博物館で保存後、大宮の鉄道博物館に移設してヒストリーゾーンのセンター、いわゆる転車台に展示されています。今春EF55 1号機が搬入されて、しばらくセンターの座を明け渡しておりましたが、今日この日を記念して再びC57 135号機がセンターに復活。ホントはその入れ替え作業を見に行くつもりでしたが、時間を読み間違えていて、博物館に到着したらすでに入れ替え作業は終わっていました…(笑)。

その入れ替え作業を取材していた「D.E.F.」のメンバー遠藤君と会場でバッタリ会って館内をブラブラ。運転シュミレーターをやったり、ホールで子供向け鉄道動画を見たり、日食でランチしたり、大の大人が子供のように時間を満喫(笑)。そして再びC57の元へ行くと…、

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何といつの間にか40年前に掲げた「さようならヘッドマーク(レプリカ)」を付けていました。これには驚きと興奮を隠せず、帰ろうとしていた遠藤君共々スイッチが入ってしまいました。平日とはいえそれなりのお客さんもいらっしゃったので、人をよけて撮影するにはただただその隙間を待つしかなく、忍耐あるのみでしたが(間違っても声出して一般客をどけさせる行為は絶対にしてはいけません!)、何とか撮影することができました。

そして15時に始まるターンテーブル回転実演。ナレーションはもちろん40年前に引退した時の様子を語ってくれました。吹雪の室蘭駅を出発したこと、乗り切れないほど多くの見送り客が集結したこと、追分付近から晴れてきたこと、そしてかなりの遅延で岩見沢駅に到着したけどみんなの気持ちは一分一秒でも長くその雄姿を見たかったこと…。館内に響き渡る汽笛がさらに涙腺を刺激してきます。今回はスペシャル機関助士として小学生の男の子が最後の汽笛を鳴らすという大役を担っていましたが、良い思い出になったことでしょう。

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そして館内の人出もまばらになった頃、2階からC57 135号機を俯瞰。しかし微妙な位置に人が突っ立っていたり、そこで立ち話を始めたり、終わったと思ったら親子連れが機関車前で記念写真を撮ったりで、なかなか人を入れないで撮ることがとても難しかったですが、約一時間粘ってようやく思い通りにすっきりした絵を撮ることができました。もっとも、閉館間際だったらそこまで苦労しなかったかもしれませんが…(笑)。

現役の国鉄蒸気が線路上から姿を消したとき、私は一歳でした(1974.11生まれ)。もちろん例え乗ったとしても絶対覚えているわけはないでしょう。物心ついた時からこの機関車は秋葉原の交通博物館で見ていましたし、それでも大井川鉄道でC11が復活運転し始めたのは小学生のころ(山口線のC57 1号機は遠すぎて実はまだ一度も行ったことがありません…)。そして中学生の時にオリエント急行来日に合わせてD51 498号機が劇的に復活し、その後C57 180号機やC61 20号機、そして秩父鉄道や真岡鉄道などで相次いで蒸気機関車が復活を遂げました。今の子供たちにとって、蒸気機関車は遠い存在ではないのだな、と改めて感じました。私も今一度、原点に立ち返って蒸気機関車を追ってみようかな…?
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[ 2015/12/14 22:00 ] BLOG | TB(-) | CM(0)

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