2015.9.3 深名線廃止から20年

9月3日はJR北海道深名線が1995年に廃線になってちょうど20年になります。
本当は幌加内町へ行って往時を偲んだり、そしてホームページでもリニューアルした画像を公開しようかと思っておりましたが、どちらも多忙のため出来ず(サイトにはなるべく早い段階でアップしたいと思っているのでもうしばらくお待ちください)。

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私が北海道の大学へ進学した一番の理由はこの深名線を撮影するためと言っても過言ではありませんでした。当時は運転免許もなかったので、何度か友人のレンタカーに乗せてもらうこともありましたが、基本的に撮影へはほぼ徒歩移動。一日わずか五本しか運転されていなかった深名線、その夕方の一本を狙うだけにわざわざ多度志の丘に通ったことも何度もありました。また私の父もフォトグラファーだったのでポジフィルム20本パックを何度も送ってくれたこともあって、学生当時から深名線をポジで撮影して、こうして作品をきちんと残すことが出来て、今となって本当に良かったことだと思います。

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最後の日は幌加内駅にレンタカーを置いて幌加内朱鞠内駅間を列車で往復。その後国道275号線を車で往来し、14時ごろやってくる列車でお別れ式典を行うとのことだったので午後は再び幌加内駅へ。
もちろん今ほどのフットワークは無かったものの、大学写真部の部室から小さな脚立を借りてきていたので、学生の身分ながらなぜか取材エリア(今のように厳密にあるわけではない)場所で撮影させてもらいました(笑)。乗務員への花束贈呈など私の真ん前で行い、ベストポジションを確保していました。ただ今のように日中シンクロを用いていなかったのでポジフィルムだと影の部分のコントラストがちょっときつかったです。

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夕方には朱鞠内駅へ行って再び幌加内駅へ戻り、ここで最終列車を見送りました。確か10両編成もの長大編成でホームを大幅にはみ出しながらも満員の乗客を乗せていました。長い汽笛を鳴らしてゆっくり深川駅へ向けて走り出し、駅長さんが車窓から手を出す人にハイタッチしながら見送る光景、そして列車が行ってしまった後に私に向かって「いつも良く来てくれたね」と握手してくれたことは一生忘れません。
短かった深名線との付き合い、しかしここに通ったことで今の写真人生の基礎につながっている気がします。私にとって鉄道写真の原点は高校生時代の板谷峠から始まり、深名線を経て只見線へと発展していくことになります。
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[ 2015/09/03 22:00 ] 深名線四季帳 | TB(-) | CM(0)

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