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根岸線全通40周年

本日2013年4月9日は我が地元を走る根岸線が全通40周年を迎えました。

1872年に日本で最初に鉄道が新橋―横浜間で開業。当時横浜駅だったのが現在の根岸線桜木町駅なのは周知の通り。その後根岸線として磯子、そして洋光台延伸を経て1973年同日に大船まで全通しました。すでに全通時、根岸線の車両はスカイブルーの国電103系。そしてJRになって205系が入線し、新世代通勤型電車の礎となった901系(後の209系)が登場。そして現在はE233系が活躍しています。世間一般からすれば、「京浜東北線」として一つの路線として見られますが、それはあくまで通称であって、根岸線は横浜から磯子を経由して大船まで結ぶれっきとした単独路線。しかし残念ながらあまり認知されていない事実もあります。

幼心から根岸線に関してどんなことを覚えているかとザラッと挙げてみると、DD13が数量の貨車を牽きながら根岸線から東海道貨物線への連絡線を走る光景、根岸駅のタンク車だけでなく磯子駅構内にも無蓋車やホッパー車が多数留置、6号車と7号車に103系先頭車同士(クハ+クモハ)が連結していて、その行先方向幕に「洋光台」があった、中学校のバルコニーからいろんな甲種輸送を眺めていた、高校時代に通学でいつもの時刻の電車に乗る時、テレビモニター付き901系C編成が決まってやって来た、などなど。

根岸線全通とほぼ同時期に沿線で生まれ育った身としては、この全通40周年という節目は沿線の風景や車両の推移など、歴史を改めて考えさせられます。磯子から大船まで延伸工事時、当初設置予定の駅は、新杉田、矢部野、新大船、そして大船へ到達する計画で、現在の港南台駅はルート自体外れていて計画にありませんでした。その後地元と国鉄などが協議し、湘南日野駅の設置を含め矢部野-新大船間のルート変更の検討。そして駅名を矢部野を洋光台に、湘南日野を港南台に、新大船を本郷台に改称して全線開業となりました。今こうして、現代の電車が住宅街の中を行き来していますが、開業当初はほとんど何もない更地でした。そこから公団住宅や学校が建設され、デパートやスーパーも立ち、生活空間が出来上がりました。皆さんもお住まいの地元路線について、歴史などをひも解いてみると面白いかもしれません。様々な発見があって更に愛着が湧くことでしょう。

プロの写真家になって、今一度地元を走る根岸線に注目を置き、同じく沿線に住むtake氏と一緒に「根岸線グラフィティ」を期間限定で始めました。それまで何気なく乗っていた根岸線を写真家という立場で写真に切り取ることで改めて根岸線の魅力を発見することが出来ました。より一層スカイブルーの電車に対する愛着が生まれた感じ。全通50周年に向けて、これからも普段着の根岸線を撮り続けていきたいです。

130409

残念ながらフィルム時代はほとんど撮影していない根岸線でしたが、1990年頃に何かのテスト撮影かで撮った103系のポジフィルムが残っていたのでスキャンしてアップします。
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[ 2013/04/09 21:00 ] BLOG | TB(-) | CM(0)

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